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雨がもたらす実り

. 雨の続く、鬱陶しい季節になりました。梅雨は、春から夏に移りかわる季節にみられる、東アジア特有の雨の時期です。毎日じめじめと不快で、日常生活には甚だ厄介な季節ではありますが、この時期にたくさんの雨が降ることには大きな意味があります。

 例えば、田植えが終わり、成長を始める水田の苗は、太陽のふりそそぐ暑い夏に備え、この雨の恵みによって潤され、培われて、秋にはたわわに穂を実らせる稲になります。いわば、梅雨は稲にとって、秋の刈り入れを迎える準備の期間です。

 神さまに向かって歩いているわたしたちの信仰生活も、神さまにたどりつくための準備の期間と言えるのではないでしょうか。マタイは、「わたしに従いなさい。」というイエズスさまのことばに、何の迷いもなく、すぐに立ち上がって従いました。(マタイ9:9−13)

 マタイのように、躊躇せず全てを置いてすぐに神さまに従うことは、弱い私たちには不安で難しいことです。心配しなくとも、神さまがその都度、その都度、"ひと"という苗に、雨(=必要なもの)を与えてくださいます。

 毎日の信仰生活において大切なことは、神さまの呼びかけにすぐに応えること、すぐに応えられるよう常に準備をしていることです。聖書には、「〜だろう。」「〜ではどうだろうか。」というイエズスさまのことばは一切ありません。常に確信にみちた、権威のあることばです。神さまの呼びかけは命令です。わたしたちは、それにすぐに応えていかなければなりません。

 列王記の中で、エリシャは、彼がそこを通るたびに立ち寄って食事をするよう勧め、泊まっていけるよう小さな部屋まで準備をしてくれたシュネムの婦人にこう告げました。「来年の今ごろ、あなたは男の子を抱いている。」(列王記下4:8−17)

 病気でも、年老いても、子育てが終わっても、定年を迎えても、それぞれの場で、まだまだ何か使命があるはずです。個人個人に与えられた責任の中で、派遣された社会や共同体の中で、神さまに呼ばれていることを確かめ、培ってゆく。互いに祈り合い、支え合って、神さまに向かって歩む。神さまの呼びかけに耳をすませ、その呼びかけを意識して、常にチャレンジしながら生活していくよう心がけてみてはいかがでしょうか。その先には祝福の結果として、たわわに穂を実らせた自分の姿があるはずです。

God bless you.
祈りのうちに。
バレンタイン・デ・スーザS.J.




 



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