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  感謝の気持ちをこめて

 今年も穏やかな春が巡ってきました。眠っていたものが動き出すこの時期は、死からの復活を思い起こすのにとてもいい季節です。

 しかし、復活は特別なものではなく、毎日の生活の中にあるものです。日が沈み、日が昇る。日が変われば、一日歳をとります。それは目的に近づき、終点に近くなることです。終点といえば、直接的に「死」を思いがちですが、何度もお話した通り、死を通して新しい生活が始まるのです。 「死」は終点ではありません。
 人間の成長は、右肩上がりの直線的なものではなく、らせん状に繰り返しを重ね、積み上げながら上に上がっていくイメージです。ですから、途中で踏みはずし落ちてしまっても、それまでの土台があるので、いちばん下まで落ちるのではなく、少なくとも成長を重ねてきた豊かさは残ります。
思い起こして下さい。

不平に気づくことで感謝を思い出します。
非難を受ける中で
          優しさに気づくはずです。
心配をすることで摂理を理解します。
落胆を片付けることで希望に出会います。
心の闇をなくすことで
        ゆるしの大切さを実感します。
相手への憎みを減らすことで
          相手の良さを発見します。
現状を否定することを
          前向きにとらえましょう。
怒りを克服することで
         心にいい忍耐を覚えます。
狭い考えを棄てれば
         視野の広がるのを感じます。
暗い世界を直視することで
         美しさを見出す力を得るでしょう。
嫉妬を克服することで
         信頼を得る有難さを感じるでしょう。
過ちを受け入れることで美徳を得ます。
諦めを乗り越えることによって
待つ力の大切さに支えられます。

 自分で一杯になった心には、他の人の入る隙間がありません。自分を減らすことによって、 他人を受け入れる場所を作ることができます。キリスト教2000年の信仰がまさに、これだと 思います。続いていることがその証でしょう。「どういう風に生きていくのか」 「自分は何を周りにあげたいのか」――― この生き方が「復活」です。
起こったことにではなく、毎日の暮らしの中で気づくものに導かれ、そうして生きていく 生き方によって「復活」を体験するはずです。キリスト者としての信仰に基づき、復活に 向かって歩みを進めましょう。そうすれば感じている厳しさ、淋しさ、辛さは終わるはずです。キリスト者として「復活」するのです。

 このメッセージが皆さんのもとに届く頃には、私は神様が命じられた新たな場所で働き始めています。今、約3年余り過ごした六甲教会での日々を、穏やかな気持ちで振り返ると、様々なことがしみじみと思い起こされます。それは感謝の日々です。これからも皆さんのことを神様に祈っています。どうぞ私のためにも祈って下さい。
              God bless you.
              祈りのうちに
                                     バレンタイン・デ・スーザS.J.

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