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             一つの霊に結ばれた教会
                                      片柳弘史(助任司祭)                        

 先日、ミサの中で次のようなパウロの言葉が読まれました。
「賜物にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊です。務めにはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ主です。働きにはいろいろありますが、すべての場合にすべてのことをなさるのは同じ神です。一人一人に"霊"の働きが現れるのは、全体の益となるためです。」(Tコリント12:4-7)
 
  これは教会のあり方について大きな指針を与えてくれる言葉だと思います。教会に集う人それぞれに与えられた能力は違うけれども、それらの力の源になっているのはただ一つの霊、すなわちイエス・キリストの霊だけだというのです。
 
  例えば、ミサにおいてわたしたちを動かしているのはこの一つの霊です。ミサの中で、霊の力によってある人は歌を上手に歌い、ある人はオルガンを演奏し、ある人は懸命に祈り、ある人は説教をします。ですが、わたしたち1人ひとりを動かしているのはただ一つの霊なのです。霊の促しのままに、それぞれがミサにおいて与えられた奉仕の役割を果たしていくとき、ただ一つの霊がミサを作り上げていくのです。
 
  ですから、わたしたちがミサに与る前にすべきことは、どんなにうまく歌おうとか、あんな技術を使って演奏してやろうとか、ことさらに敬虔な振る舞いをしようとか、いい話をしてやろうとか考えることではなく、ただこの霊に心を開くことだと思います。霊に心を開くとき、わたしたちがそれぞれの役割を果たすのに十分な恵みが与えられます。その力に動かされて奉仕したときにのみ、わたしたちは一つの霊において一つに結ばれたミサを作り上げていくことができるのです。
 
  このことはミサだけでなく、教会のすべての活動にあてはまると思います。バザーをするにしても、コンサートや講演会をするにしても、一人ひとりが同じ霊に心を開き、同じ霊に動かされてしたとき初めて教会「全体の益」となるのです。一つの霊に心を開き、一つの霊の力に突き動かされて、一緒に すばらしい教会を作り上げていきましょう。

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