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永遠なものを求めて
〜聖イグナチオの言葉に学ぶ〜

片柳 (助任司祭)

 今年も、聖イグナチオ・デ・ロヨラの記念日(7月31日)が近づいてきました。私は毎年、この時期になると聖イグナチオの書簡集を読み返します。イエズス会に入った時に修練長から配られ、それから何十回となく読み返している本ですが、読むたびに新しい発見のある、霊的恵みの宝庫のような本です。

 その中でも特に励まされるのは、1547年に聖イグナチオがローマからポルトガルのコインブラにある神学院の学生たちに宛てて書いた、「完徳の手紙」と呼ばれる有名な書簡の一節です。この手紙の中で聖イグナチオはまず、怠惰に流れがちな学生たちの心に拍車をかけ、奮い立たせるために、神から受けた恵みの大きさを思い起こさせ、その恵みにこたえるために「よい意味での猛烈人間」になることを勧めています。聖イグナチオは、次のように語ります。

「あなたがたが永遠なものを求めるよりもさらに勤勉に、命がけで、この世の子らが地上の一時的なものを追い求めるなどということを、平然と見過ごしてはなりません。あなたが永遠の生命に向かって行くよりもずっと足早に、彼らが死に向かって走ってゆくのを恥ずかしく思いなさい。」

  「弓はひきすぎることで折れ、気力は怠惰によって折れる」という諺の通り、怠惰こそ「神のより大いなる栄光のため」に自分のすべてを差し出すイエズス会員の最大の敵だと聖イグナチオは言います。そして、地上の兵士が、「キリストの兵士」として選ばれたイエズス会員が神の栄光を求める以上の熱心さで地上の栄達や成功を求めているなら、それは大きな恥だ。目的実現のための熱心さにおいて、イエズス会員は誰にも負けてはならない、と言って学生たちに拍車をかけるのです。

 もちろん、この激励のあとで、聖イグナチオは行き過ぎを諌めてもいます。無分別な熱心は、長続きしないばかりか危険だと言うのです。しかし、とかく怠惰に流れがちなわたしとしては、この激励の言葉を額面通りに受け取り、自分自身の生活を律するための指針にしたいと思っています。企業戦士と呼ばれるような会社員、出世や権力を目指す政治家など、あらゆるこの世の熱心さに負けないほどの熱心さを持って「神の国」の実現に当たりたいものです。

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